才能を伸ばすには日本は向いてない [実例あります]

こんにちは、アニ猫といいます。

ふと、テレビの画面を見るとあるニュースがやってました。ちなみに番組は○ローズアップ○代。

そこでは「ギフテッド」と呼ばれる、いわゆる天才についてクローズアップをしていました。

まず第一の感想としては、日本の教育方法は縛りが多いということですね。教育に関わらずかもしれませんが基本的に日本人は真面目だと言われています。(そこが良さとも言えなくもないが・・・。)

それに対して、僕が面白いなと思った記事があります。それを踏まえつつ、僕の意見を述べていきたいと思います。記事はこちら!

ちなみにこの記事はマナブログというサイトから参考にさせていただいてます。

それでは本題へと移っていきましょう!

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「みんなと同じ」なんて何一つないこと

ギフテッドについて詳しい方もそうでない方も(知らない方はググってみましょう)まず一つ言えることは、みんながみんな、おなじ能力ではない!ということです。これは世界共通かもしれませんが、周囲から飛び抜けていると周りの輪から外されてしまうことが多いです。

体つきもそうだし、才能だってその一つです。みんなは、「平均的」なことに安心してしまっています。その輪から外されると嫌だから、誰も自分の意見をあまり表に出そうとしません。←これは日本人に多いですね。

身体・能力その他諸々その人個人の特徴ですし、それを邪険にする権利なんて誰にもありませんよ!そういう僕ですが、いつも周りと合わせようとしてしまいます。やっぱり周囲から除け者にされるのは辛いですからね。もし自分が除け者にされたら絶対嫌な気持ちになります。

飛び級制度、最高じゃないか?

ある、「ギフテッド」と呼ばれるこの1人は、小学生ながらカナダへと留学をしていました。それは『飛び級制度』があるからでした。

不登校になったり、しまいには教える立場の先生からも偏見を持たれてしまうことを知った時、「日本って窮屈なところだな」と感じてしまいました。

あいにく僕はずば抜けた才能がなかったため、チマチマ日本で学習していましたが飛び級制度というものは素晴らしいですね。まず周りと合わせる必要がないことです。自分が分かる問題についてタラタラ学習してたんじゃ、学習意欲もなくなってしまいますし、面白みもありませんから。あとは自分と同じ能力の人間と、対等に話し合えることかなと思います。同じ目標を持って、同じレベルの課題に挑み、ディスカッションをする。それでさらに自分の見解を広げられるんじゃないでしょうか。

「みんなと同じ」は自分に殻をしている

よく、わまりに合わせようねとか言われるかもしれませんが、今学校で行なっている教育じゃ才能を伸ばしきれないと思うんです。(学校関係者の方、ごめんなさい)

興味のあることとか得意分野って人それぞれですし、特に子供のうちは遊びながら知らないうちに勉強をしています。楽しみながら学ぶことってとても重要で、今はスポーツにおいても楽しみながら練習をしています。言ってしまえば、昔ながらの「歯を食いしばって真面目に取り組め」とかいった教え方は古いってことですね。実際に遊び感覚で取り組む練習の方が実績が出ています。

でもそれにも、要点を抑えることは大切です。それがなければ、ただ本当に遊んでいるだけになってしまいますからね。

まとめると、個々の興味があること・得意分野について楽しく学べる環境が必要なんじゃないか?ということです。実現までには少しかかりそうですが、そのような教育環境に変わることを願っています。

少しゆるいくらいがちょうどいい

冒頭にも述べましたが、今の日本は規則や固定概念に縛られすぎではないでしょうか?それが教育にも大きく関係している。

あまり気の張り詰めも良くないですし、「人生そんな甘くない」は言い過ぎだと思います。

大抵のことはなんとか乗り切れると思ってますし、人生の中で遊んでストレスを発散させることはめちゃくちゃ大切です。もちろん遊んでいるだけの生活じゃ生きていけませんし、生活していくにも工夫が大切です。工夫することはすごく重要で、一つの工夫があなたの生活を大きく変えるかもしれません。

働き方にも今変化が起きている中で、人生を楽しむためにもあなたも少しの工夫をしてみてはどうでしょうか?

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